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イデアなひととき
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花影は幻のように!(上)

 

  「花のいのちはみじかくて、苦しきことのみ多かりき」とは、「放浪記」などの作品で有名な作家、「林芙美子」が好んで色紙に書いた自らの言葉だそうだ。また、六歌仙の中で唯一の女性である「小野小町」も「花の色はうつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」と自らの“容色”や人生の“光り輝く良い時期!”のことを「花」に例え、その儚さや、移ろい易さを嘆いてみせた。 このように移り行く四季の中で、極めて短い時を“今を盛り!”とばかりに咲き誇る「花」というものは、人々の“時々の記憶”とも相まってその美しさは、他に比類がない。ある時は“花言葉!”というメッセージを託して、またある時はいつまで見ていても見飽きない“自然からの贈り物”として、「花」は、我々の生活とは切っても切れないものと言えるだろう。

  厳しく長い冬には深い雪に埋もれてしまう“福井県敦賀”も、春の訪れと共に数多くの草花が芽吹く。そして、雪が少しずつ溶け出す頃には一気にあちらこちらに、透明感のある、目の覚めるような色彩が溢れかえることになる。

  “パンジー(三色スミレ)★「物思い」、「思慮深い」、「心の平和」、「思想」”を種から育てることを常としていた祖父は、まだ寒さの残る初春、大きめの鉢の真ん中に、親指の爪ほどの大きさにちょこんと顔を見せた“若緑の新芽”に、3本のマッチ棒で添え木をした。そして、ひ弱だがやがて奇跡のような色合いで私たちの目を楽しませてくれる「ささやかな命」を支えるのだった。

  敦賀の家の、玄関脇に置かれた“デンドロビューム(洋蘭の一種)★「わがままな美人」、「謹厳実直」”も3月には徐々に蕾を膨らませ、程なくたわわな花芽が甘い芳香を伴って一斉に開花する。“敦賀の思い出!”には必ずこの洋蘭の香りがついて回るのだが、それはまるで国際航路の機関長として、洋行が日常だった祖父の、明治生まれなのに“ハイカラ”な雰囲気にぴったりだったからだろう。祖父はまた、“バラ作りの名人!”でもあった。私の記憶では自分自身は既に禁煙をして久しかったようだが、どこからかタバコの吸殻を調達してきてこれを水に漬け、出てきた茶色い液を噴霧器で“バラ★「愛」、「美」、「内気な恥ずかしさ」、「輝かしい」、「愛嬌」、「新鮮」、「斬新」、「私はあなたを愛する」、「あなたのすべては可愛らしい」、「愛情」、「気まぐれな美しさ」、「無邪気」、 「爽やか」”に吹きかけ、緑色のアブラムシを退治していた。

  この家には、もう一つ、どうしても忘れられない「花」があった。それは、真夏のくらくらするような日差しの中で、深紅の花をつける“サルスベリ(百日紅、ひゃくじつこう)★「雄弁」、「愛嬌」、「活動的」、「世話好き」”である。猿も滑ると表現されたとおり、表皮はまだらにさまざまな色合いを見せながら、つるつるとした光沢があり、そこに咲いた花は、目にも鮮やかな透明感のある紅色で、自分自身で光っているように見えるのだった。 (続く)

■花影は幻のように!(中)は、こちら>> 文 国影 譲

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