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イデアなひととき
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時計にまつわるヨモヤマ話

 

  「今、いったい何時なのかを知りたい!」という思いは、実は人間の基本的な欲求の一つだと思う。“時間”という捉えどころが無く、全く目に見えないものを敢えて可視化し、私達の生活にメリハリをつけるのに欠かせない物こそ「時計」の実体だと言えよう。現在我々が使っている60進法(60秒が1分で、60分が1時間という)の時間単位は、紀元前約2000年頃、メソポタミアに栄えたシュメール文明で考え出されたと言われている。又、午前中12時間、午後12時間、つまり12時間×2セットの24時間を1日としたのは、古代エジプト人だったと伝わる。神殿前や広場に建てたオベリスク(尖塔)を“日時計”に見立て、それが地上に落とす影の動きで、どうやら1日が24時間だという事実に辿り着いたらしい。正に“時間”より先に“日時計”の存在があったというのが興味深い。

  現代の我々にとって「時計」と言えば、やはり重力、バネ、電気などを動力源とする“機械式”を思い浮かべるが、その先駆けとなったのは8世紀の中国で“脱進機(歯車を一定方向に回す装置)”が発明された事だった。人類が生み出した、最も精巧精緻な工業製品こそ“機械式時計”だと思うが、その心臓部分は、この“脱進機”に支えられている。この技術が西欧に伝わるのに、更に5~600年を要した為、西欧で“機械式時計”が作られたのは14世紀に入ってからだった。

  我が国では、戦国時代に西欧から来た“宣教師”が、有力大名に取り入る為の“贈答品”として、初めて“機械式時計”を持ち込んだと言われている。その中でも興味深い逸話は、ルイス・フロイスの著作「日本史」の中にある。宣教師の一人が「織田信長」に機械式の目覚まし時計を献上しようとしたが、「信長」は「とても欲しいが、自分の手で動かし続けていくのは難しいだろう。無駄になるからいらない。」と断ったという。大胆にして繊細な「信長」らしい話である。

  そして、あの巨大な“江戸城”には、たった一つしか「時計」が無かったという話も興味深い。それを命じたのは、「徳川秀忠」夫人である「お江の方」だった。
その理由は、もともと数多く有った江戸城内の「時計」が皆不揃いで、いったいどれが正しい時刻を指しているのか不明だったからだ。結局一つだけにされた「時計」の指す時刻に合わせて、“太鼓”を打つことで時を知らせたのだった。

  明治時代になると、世界中で、素晴らしい“機械式時計”が作られるようになった。特に“懐中時計”には傑作が多く「明治天皇」は“懐中金時計”のコレクターとしても有名だ。又、その“金時計”を惜しげも無く「西郷隆盛」、「伊藤博文」、「東郷平八郎」、「乃木希典」などの高官達に下賜されたため「恩賜の金時計」という言葉が出来たと言われる。更に一時期、国立大学や学習院の卒業生で成績優秀、人格高潔な者に対して「恩賜の銀時計」を下賜されたため、これが比類無きステイタスになったという。やはり「時計」には、特別な輝きが漂うものだ。

  そして今、“懐中時計”や“腕時計”は、“スマホ”や“スマートウォッチ”に取って代わられようとしている。時を刻む機能だけでなくインターネットと繋がり、健康管理までしてくれる、複合機能のある「時計」が一般的になる日は近い。


文 国影 譲    

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