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イデアなひととき
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大つごもり、人模様!

 

  “つごもり!”とは、月隠り(つきごもり)が訛った言葉であり、陰暦では、月末になると必ず月が見えなくなってしまうことから、こう表現するようになったのである。逆に、毎月1日を“ついたち!”と言うのは、月立(つきたち)つまり、この日から再び月が見えるようになるという意味なのだ。言葉のルーツを忘れてしまった我々“現代日本人”にとって、“つごもり!”という響きは、魂の奥底にある琴線に触れるような気がする。

  “つごもり!”の中でも特に1年の最後の日のことを“大晦(大つごもり)!”と言う。日本とオーストリア以外の諸外国では、“大つごもり!”
は、せいぜい“カウント・ダウン!”くらいしかイベントは無いが、日本とオーストリアの国民にとって、“大つごもり!”は“特別な日!”である。オーストリアでは、“大つごもり!”のことを、“シルヴェスター!”と言い、特にウィーンでは、旧市街全体が巨大なパーティー会場に変身する。市庁舎前広場から旧市街を巡る「シルヴェスター街道」は、毎年70万人もの人で溢れ、皆、夜通しワインを酌み交わすのだが、徹夜明けの元旦には、市庁舎前広場で「二日酔いの朝食!」が振舞われ、1年間の無病息災と豊年満作が祈念される。

  日本の“大つごもり!”は、「大掃除」や「除夜の鐘」、「初詣で」などに象徴される“清浄な気持ち”で新たな年を迎えようという雰囲気に包まれる。京都の八坂神社では、「をけら詣り」といって、“大つごもり!”から元旦の未明にかけて参詣し、境内に設けられた「をけら灯籠」に燃える穢れのない「神火」を、「吉兆縄」に移して自宅に持ち帰り、これを火種として元旦のお雑煮を炊き、湯を沸かして「大福茶」を飲んで、訪れた新年の“無病息災!”を祈念する。

  さて、そんな“清浄な気持ち”とは裏腹に、江戸時代には“大つごもり!”を無事に越えて、元旦を迎えるために、掛取り(売掛金の集金に歩く借金取り)と借金を払いたくない一般庶民の間で“一大攻防戦”が繰り広げられたのだという。何しろ酒も味噌も醤油も米も、かまどにくべる薪ですら、全て“掛け!”で買うのが一般的な江戸庶民の習慣であり、“大つごもり!”のことを別名「一日千金」とも言うのは、それだけの大金がこの日1日で動いたことを意味している。お金が動くということは、そこに様々な人生模様があったことは想像に難くない。井原西鶴はその著作「世間胸算用(せけんむねさんよう)」の中で、“大つごもり!”を舞台とした“掛取り”と“江戸庶民”の知恵比べを20篇も描いている。中には、他の“掛取り”連中を上手く騙しおおせたのに年端も行かない材木屋の丁稚に嘘を見破られ、借金を払う羽目になったが、その丁稚に“新たな手法!”を伝授され、以後“掛取り”を上手く逃れた男の話などが書かれている。さて、皆様は今年の“大つごもり!”を、どう過ごされるのだろうか。

文 国影 譲

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