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イデアなひととき
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   “錦秋(きんしゅう)”とは、“紅葉(こうよう)”する木々の彩りが、まるで“綾錦(あやにしき)”のように美しいという「秋」の“比喩”だと辞書にある。同じ“紅葉”に彩られた「秋」の中でも、三方を山々に囲まれた“京都の錦秋”は、まさに他に比類するものが無いほどの“格別な佇まい”だと言えるだろう。

“いろはもみじ”、“おおもみじ”、“やまもみじ”、など“楓(かえで)”の類でも特に色鮮やかに“紅葉”する「もみじ」は、江戸時代に“観賞用”として“京都”に大量に植えられたもので、世界的に見ても大変珍しい絶景を作り出している。 もちろん、もともと“京都”周辺の山々には自生した「もみじ」も数多くあり、美しく“紅葉”した「もみじ」を探して散策することを“紅葉狩り”と称したが、これには平安時代から実際に「もみじ」の枝を折り、家に持ち帰って愛でる習慣が有ったのを“紅葉狩り”と言ったという説もある。「小倉百人一首」にその名を残す「猿丸太夫」の歌に「奥山に もみじ踏み分け鳴く鹿の 声きく時ぞ 秋は悲しき」という一首があるが、“妻恋い鹿”と「もみじ」の取り合わせに、「秋」の“うら悲しさ”を感じる“都人(みやこびと)”の感性は、今を生きる我々のDNAの奥底にも、未だに潜んでいるものと思われる。いずれにしても古代から“京都”の人々は「もみじ」に特別な感情を抱いていたことは間違いあるまい。

  そんな“京都”で「もみじ」の名所と言えば、何と言っても「東福寺」、「永観堂」が有名だ。25もの塔頭(たっちゅう、禅宗で大寺院の境内に建つ末寺院のこと)を持つ「東福寺」は鎌倉時代の創建で、その建設には実に19年もの歳月を費やしたと伝えられる。境内にある渓谷“洗玉澗(せんぎょくかん)”には、およそ2000本の楓が植え込まれ、その上に掛けられた“通天橋(つうてんきょう)”からの眺めは“紅葉の海!”とも讃えられて人々に愛されている。

また、渓谷の向かい側にある“臥雲橋(がうんきょう)”からは、渓谷と“通天橋”を見上げるように眺めることも出来る。更に、“通天橋”を渡った先には、日本最古の“方丈建築”など多くの文化財を有する“龍吟庵(りょうぎんあん)”があり、ここの庭の敷石に舞い散る「もみじ」も誠に美しい。「永観堂」は、その正式名称を「禅林寺」と言い、「古今和歌集」に「もみじの永観堂」と詠まれるほど“京都”でも屈指の美しい「もみじ」の名所である。特に、境内の最も高い所に有る“多宝塔”を、「もみじ」が包み込むように色付くのは、とても幻想的な風景である。

  “京都”の“秋の味覚”を代表するtwoonelife73 と言えば、やはり“丹波栗”と“松茸”だろう。ただ他の季節と比べると、 とにかく美味しいものが数多くあるのが、“秋の京都”の嬉しさでもある。“丹波栗”は、やや大ぶりの“栗”で、噛締めると上品な甘さが口いっぱいに広がる。“栗ご飯”や“栗おこわ”にするのが最高で、他の料理ともよく合う。“松茸”は、銀杏(ぎんなん)、鱧(はも)や車海老、結んだ三つ葉などと一緒に、ゆずやスダチの香りと合わせて、優雅に「土瓶蒸し」を楽しむのが良いだろう。最高の鰹節で取った出汁に溶け出す香りは、“長寿の秘訣”と言えるかも知れない。


文 国影 譲

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