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イデアなひととき
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「好奇心」が未来の扉を開く!

  齢(よわい)六十を超えて、なおしみじみと思うことがある。それは世界には如何に自分の知らないことが数多くあるかということだ。いや実は、知らないと気付けた事柄にはまだ救いがある。残念なことに自分が知らないということすら意識出来ぬまま、どうやら数々の“知る機会”が過ぎ去ってしまったようなのだ。

  ソクラテスをめぐる逸話に必ずと言ってよいほど出て来るのが「無知の知」という言葉だ。彼は自分より優秀だと評判の人を訪ねて話をするうちに、皆が皆、自分は知恵者だとうぬぼれたり、知らないこと
が数多くあるのにそれを無視しようとしていることに気付く。そして、本当は“自分は無知なのだ!”と
悟った時から、初めて“真の知”への探求が始まるということにたどり着いたらしい。

  人間には本来、基本的な欲求としての“知識欲”があり、自分が知らない事、分らないものに対してその理由や意味を知りたいと思う。この心の動きを称して“好奇心”というのである。なぜ基本的な欲求なのかと言うと、人間の脳内には“新たな知識”を得ると“ドーパミン”という生理活性物質が噴出し、この時大きな快感を伴うということが研究によって明らかになったからだ。他の”欲求“と全く同様のレベルで、
“知識欲”が人間に快感をもたらすということ自体興味深い。おそらくそれは、“知識欲”こそが“人類生存の礎”だし、環境適応のためには欠かせない要素だからだろう。例えば、“地球にはなぜ季節変動があるのか?”とか、“どんなサイクルで変動しているのか?”などは、人類が生きて行くためには絶対不可欠な“知識”だっただろうし、それを“知りたい!”と感じなければ、とっくに人類は滅びていたのではないか。人類が夜空の星々に興味を持って“天文学”を創始し、“暦”を作り出し、“四季”を意識した生活を送れるようになったのは、こうした人類の“知識欲”に裏打ちされた“知的好奇心”による“必然だ!”と考えられる。まさに“好奇心”が有る者が生き残ったのだ。

  “企業存続”についても、“知的好奇心”が果たす役割が大きいと感じる。我々団塊の世代が社会人に
なった頃は、日本ではまだ“重厚長大型産業”が持てはやされていた。「鉄は国家なり!」という言葉が残されているが、未来永劫このような価値観が続くと誰も疑わなかった。ところが、“世界分業”の波はあっという間に日本の“重厚長大型産業”にも押し寄せ、事業内容の転換や多角化を図らざるを得なく
なった。その時、最も重要な役割を果
たしたのが、社員たちが“知的好奇心”
を働かせてコツコツと蓄積していった
“ポケット一杯の夢”だった。“夢”を“現
実”にすることで、これらの企業は生き残っていったのである。
  “宇宙開発”に付きまとう議論には必ず、今現在、地球上にある多くの課題(例えば“食糧不足”や“飢餓”、“民族紛争”や“天候不順”等)との優先順位問題が出て来る。確かに喫緊の課題解決は、今地球上で住み暮らしている我々にとって最も重要なことだと思う。しかし、それとほぼ同等の重要性を“未来”に対する“知的好奇心”に見出すのも絶対に必要なことなのではないだろうか。


文 国影 譲

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