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イデアなひととき
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“それでも 「舞台」の幕は開く!”

  「The show must go on.」は「ショー(劇)を途中で止めてはいけない!」と翻訳されているケースが多いようだ。「舞台」では何が起きるか分らない。役者が突然セリフを忘れてしまうかもしれないし、今回の「堂本光一」氏主演の「舞台」のように、突然大きな舞台装置が倒れて来るかもしれない。或は「市川染五郎」氏のように、突然奈落の底に落ちてしまう者が出るかもしれない。しかし、あらゆる困難を乗り越えてでも「舞台」の幕は開けなければいけないという意味で使われる言葉なのである。なぜそれほどまでに“幕を開ける”ことに拘るのか。実は、そこにこそエンターテインメントの持つ“宿命”と“厳しさ”がある。

  よく「舞台」とは、“劇作家”、“演出家”と“役者”が作り出す“仮想現実”の世界だと言われるが、更にもっと重要な構成要素を忘れてはならないだろう。そう!それは“観客”という存在である。「舞台」は“役者”
と“観客”が共に作り上げるものであり、“その日の観客”の反応によって雰囲気は千変万化する。10回公演すれば10通りの、100回公演すれば100通りの「舞台」が出来上がると言っても過言でない。仕事柄、1ヵ月に何度も同じ演目の“歌舞伎”を見に行くこともあるが、まあ見事に毎回違う雰囲気なのには驚かされる。それは劇中のアドリブが違うとか、“役者”の健康状態の違いもあるだろうが、一番の違いはやはり“観客”の反応だろう。昨日は爆笑を誘ったような場面が翌日には全く無反応だったり、“観客”のすすり泣きが聞こえたような“愁嘆場(しゅうたんば)”が、今日は“観客”の妙に空々しい反応で空回りするなどという事も日常茶飯事だ。“観客”は常に自分の“人生”と照らし合わせて反応する。

  例えば1ヵ月公演だとすれば、ソアレ・マチネ合わせると30~40回の「舞台」になろうか。それは、
ともすると“役者”にとっては長い1ヵ月だろう。しかし、たまたまその内の1回の「舞台」を見るために“劇場”に足を運んだ“観客”にとっては、その日の「舞台」は“自分の人生”で只一度の“機会”まさに「一期一会」なのである。しかも、人は皆“自分の人生”の主役である訳だから、1000人入る“劇場”が満員に
なった時、そこには1000通りの“人生”が一堂に会し、交錯するということになる。プロポーズに成功して、幸せの絶頂にある若者もいるだろう。遠い故郷から上京してきて初めての贅沢とも言える「観劇」に興奮している若い女性もおられるだろう。もう金婚式を迎えようとしている老夫婦の姿もある。それはまるで“奇跡”のような瞬間であり、この“奇跡”
を成就する為には、何があろうと「舞台」の
幕は開けなくてはならないのである。

  江戸時代、一年の間、働きづくめに働いて貯めたお金でたった一日の“歌舞伎”見物に行く人々が数多くいたと記録にある。もち
ろん着物を新調し、お気に入りの「すかべ(寿司、菓子、弁当の略)」を持参し、夜明けから日の入りまで、贔屓の役者に掛け声
を飛ばす。たった1日の“夢のような時間”の為に、そして、1年間労苦に耐えて来た人々に報いる為に、今日も「舞台」の幕は開くのだ!


文 国影 譲

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