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イデアなひととき
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ボストンバッグに希望を詰めて

 

  自分に“放浪癖”があることを意識したのは、たぶん小学生の頃だったろう。東京の我が家と祖父母の住む福井県敦賀を往復する一人旅が、幼い“放浪癖”を満足させる“大冒険旅行”なのであった。蒸気機関車に牽かれた客車では、トンネルに入る前に急いでハンカチで口を押えないと、息苦しさに七転八倒することになる。客席の背もたれは垂直で全く柔らかさを感じないし、天井に数メートルおきに付いている“薄暗い電灯”は、ますます“旅の裏寂しさ”を掻き立てこそすれ、明るさを感じさせてはくれなかった。ただ、“放浪癖”を持った者からすれば、こんな雰囲気の全てがたまらなく心地良いのである。

  昔、東南アジア・シベリア航路の機関長をしていたという祖父は、シベリアの大地を、ライフル銃を携えて現地の人々と一緒に“熊”を撃ちに行った話が得意で、孫である私の耳の中に、“旅の楽しさ”を流し込んだ。残念ながらその熊の毛皮は、船の祖父のベッドと壁の間に押し込まれているうちに、蒸れて全て毛が抜けてしまったそうだが・・。当時、ロシアは“赤軍”と“白軍”が激しい攻防戦を繰り広げており、朝、白軍が占領していた「通信所」が、夕方には赤軍に占領されるなどということも日常茶飯事だったとか。

  祖父がカナダの「ハドソン・ベイ」という総合商社に雇用され、シベリアの人々から毛皮を買い集める仕事に就いた時は、相手が大人なら「大黒印のエチルアルコール」(大黒印でないとなかなか信用してもらえなかったそうだ!)、子供なら「スティック状のキャンディー」が一番人気で、物々交換であっという間に山ほどの毛皮が手に入ったそうである。現地の人々は、そうやって手に入れた100%アルコールを“美味しそうに、そのまま飲む!”というから恐れ入る。そんな祖父も、亡くなる直前には、真夜中にベッドの上にむっくり起き上がり、私の顔をまじまじと見つめて、「どこのお方かは存じませんが、船が出る時間なので自分はもう行かなければならないんです!」と言ったものだ。

  “旅”は、いつでも“非日常”の代名詞である。どんな困難が待ち受けているかも分らないし、或いは想像も出来ないような素晴らしい体験が待っているかもしれない。“明日が見えてしまう日常”を捨てて、あなたもボストンバッグに“希望”だけを詰めて出掛けてみませんか?もう、春ですから!

文 国影 譲

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