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イデアなひととき
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「和食」は夢の玉手箱!

 

  「和食」は味や食感だけでなく、色彩でも器でも雰囲気でも、また供する時の趣向でも心なごませてくれるものだ。そして、“日本の四季”を写す“旬”という、世界に冠たる“価値観”が具現化されている。

  早春のころ、「まだ鮎は少し早いよね。」などと連れの人間と話をしていると、京都“桜田”の若女将が、調理場から「今日は、四万十川の鮎を焼かせてもらいます!」と飴色に輝く“稚鮎”を持ってこられた。竹篭の中で、ぴちぴちと跳ねる鮎たちは、一足早い季節の変化を感じさせてくれた。“超一流”と言われる料亭ほど、良い意味で、ほんの少しづつ“お客の季節感”を裏切ることに長けている。早春の“筍”、初夏の“鱧”など、「まだだろう!」が「もうあるの!」に変わる瞬間が、実に“贅沢”なものである。

  江戸時代、文化文政の頃というから1800年代になるのだろうか。当時の新鳥越(現在の山谷)に“八百善”という料理屋があった。もともと1657年の“明暦の大火”のあと、“栗山善四郎”という主人が八百屋を開業したのが始まりだという。そしてその後、料理屋に転身し一世を風靡したとある。この“八百善”こそ、300年の伝統を今に残す、名料亭“八百善”の前身であり、歴代の当主は必ず“栗山善四郎”を名乗り、既に現当主で“十代目”だそうだ。

  “八百善”には、今でも語られる“逸話”がいくつか残されている。例えば、1812年(文化九年)3月末に、日本橋魚河岸に“初鰹13本”が入荷された時、“八百善”だけで、1本を2両1分(現在の貨幣価値で約20万円ぐらい)で3本買ったという記録が残っている。如何に“良い客筋”をつかみ、また、その評価が高かったかが伺えるではないか。また、ある時、美食三昧に飽きた客が“八百善”の座敷に上がり、「極上のお茶漬け」を注文したところ、約半日待たされて、ようやく「お茶漬けと香の物」が供され、これを食べていざ帰ろうと、お勘定をしたところ1両2分(約10万円)だったそうだ。びっくりする客に、主人自ら説明した。“香の物”は、温室の無い当時としては、春にはある筈も無い「白瓜と茄子」を使い、茶は「宇治の玉露」、米は「越後の一粒選り」、中でも最も大変だったのが、お茶に使った“水”だという。京都の上茶に合わせるために、わざわざ早飛脚を仕立てて、玉川上水まで水を汲みに行かせたのだ。ここまで聞いた客は、“さすがは八百善!”と言って帰ったという。

「和食」には、昔も今も“サプライズ”が良く似合う。まさに、“夢の玉手箱”だと言えよう。

文 国影 譲

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