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イデアなひととき
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温泉!癒しのひととき!

 

  あなたは、“日々の暮らし”に心底疲れてしまったとき、いったい何をしたいと思うだろうか。また、ひたすら眠っても眠っても、或いはひたすら“ぼぉ~っと”しても癒せない“綿のように積み重なる疲労感”を、現代社会に生きる人々はいったい何で払拭しようと考えるのだろうか。
ある広告会社のアンケートによれば、他と比べようも無いほど、群を抜いて人気があったのが・・・、そう!“温泉”である。火山国、地震国などと、世界から有り難くない言われ方をする日本だが、だからこそ、私たちは“温泉”という素晴らしい“自然の恵み!”を享受することができるのだ。

  我々日本人にとって、全身を“湯”に浸すようになったのは、比較的歴史は浅く、実は“戦国時代”以降だと言われている。それ以前は、焼けた石に水をかけ、大量の“蒸気”を発生させて“汗”をかく“サウナ”のようなものが、“風呂”の概念だったらしい。戦国時代以降は、「武田信玄の隠し湯」に代表される“傷”を癒し、“心”を癒す、療養的な“温泉”の使い方が普及した。江戸時代に入ると、“伊勢参り”にかこつけて各地の“温泉”をめぐるという“湯治”が流行し、“温泉”は庶民の格好の“エンターテイメント”となった訳である。

  夜、野天風呂にゆったりと身を浸し、空を見上げれば“満天の星々”が輝いている。木々の葉の間を通り抜ける“爽やかな風”は、あくまで火照った体に心地よく、生きているという喜びを“再認識”させてくれるだろう。はらはらと湯船に舞い落ちる木の葉を、何の気なしに手ですくえば、大自然と自分の距離感はぐっと縮まり、その懐の奥深くにいる“自分”が自覚される。“湯”の中で、腹の底から「うう~!」と唸れば、凍り付いていた“魂”までが身震いを始め、鮮やかな色の“細胞”に、きれいな“血液”が音をたてて流れ込むのがわかる。大脳生理学で言うところの“瞑想状態・深度のある集中”を意味する“アルファー波”が脳内に横溢し、脳の中の“悲観的な情緒”も洗い流してくれるのである。

  健全な“魂”は健全な“肉体”に宿るという。“日々の暮らし”の喧騒の中、ひび割れてしまった“感性”に、“温泉”の、清冽で溢れ流れる“湯”は静かに染込んでゆき、やがて自分の心も癒されて、充分な“弾力性”を取り戻していることに気が付く。明日から、また頑張れるよな、きっと!!

文 国影 譲

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