トップページ  >  “イデア”なひととき
イデアなひととき
line6px
サウンドシャワーに酔いしれて!

 

  “ホギーカーマイケル”は、決して目立つ役者ではなかった。ドラマ「ララミー牧場」の“爺や”役と言っても、お判りになる読者がいったい何人おられるだろうか。つまり、“たった一つのこと”を除けば、世界中で彼の名前を知る人など、誰も存在しなかったに違いないのだ。“たった一つのこと”、それは彼が手ひどい“大失恋”をして、もう死んでしまおうと母校の屋上に上った瞬間に起こった!降るほどの星の下で、“ある旋律”が、頭に降り立ったのである。そのあまりにも魅力的な啓示に、思わずその場を離れ彼は五線譜に向かうこととなる。かくして、彼は“不朽の名曲”「スターダスト」の“作曲者”となった。

  20数歳でこの世を去ってしまった不世出の天才、クリフォード・ブラウンのトランペットは“魂”に染み込み、そのインプロヴィゼーションは尽きることを知らない。この時この瞬間に、いったい何がどうなればこんな旋律を紡ぎ出せるのか。音を選ぶと言うより、舞い降りる天賦の才が彼を突き動かし、音を捕まえに行くという感じだ。彼と共にセッションを組んだことがあるミュージシャン達は皆、彼のあまりにも控えめで暖かい人間性と、その逆に圧倒的な迫力で溢れ出てくる才能に驚嘆したという。Jazzの神様をも嫉妬させてしまうようなそのテイクは、まさに常人の及ぶところではないように思える。

  “サウンドシャワー”に酔いしれることの最大の魅力は、このような“音楽の紡ぎ手”たちが感じた素晴らしい“閃き”や、その“天賦の才”に触れ、彼らとシンクロ出来るところではないだろうか。例えば、「ベートーベン」が“「運命」はこのように扉を叩く!”と語っても、理解するのは大変難しいが、それが「交響曲第5番」になった瞬間に、“運命”が持つ“質感”や“深刻さ”、忍び寄る“迫力”を、我々もまた、共感することが出来る。キューバの悲しい歴史を背負いながら、明るい“キューバン・サウンド”を唄い続ける「ブエナビスタ・ソーシャルクラブ」の老人達に、人間が持つ“究極の強さ”を感じることだって出来るではないか。

  現代に暮らす我々は、ともすると、目前にある日々の暮らしに追われて、“魂”は干乾び、痛みを伴うほど、ひび割れることがある。“精神”も痩せ細り、悲鳴を上げるようなこともあるだろう。そんな時、“サウンドシャワー”は実に心地良く、しかも劇的な“保湿効果”をもたらしてくれるのである。

文 国影 譲

≪前のページへ | 次のページへ≫ ▲このページのトップへ