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イデアなひととき
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深い眠りに落ちるとき!

 

  暑い日々が続いている。エアコンに頼るにしても、やはり眠りは浅く、朝になっても体の奥底に、綿のように降り積もる“疲労感”を拭うことが出来ない。自分を“再生”するための“深い眠り”が欲しいなと切実に思ってしまう。

  子供の頃、“眠ること”は一種恐怖の対象でもあった。自分の意志が働かない、自分の力ではどうにも運命が変えられない“不思議な時間”だったのだ。本当に明日の朝になれば、目が覚めるのだろうか。間違いなく新しい1日は、また始まってくれるのだろうか。そのまま“魂”だけが、どこかに連れて行かれてしまわないだろうかと。朝になればなったで、人一倍“眠り”に固執し、布団と格闘することになるのだが・・・。

  思春期を経て、大人の仲間入りをしたとき、今度は“深い眠り”がもたらしてくれる“様々な思い!”の整理整頓効果を思い知ることとなった。目覚めている時は千路に乱れる思考が、朝起きた時には見事に片付いていることに驚く。人間の“脳”とは、まことに“驚嘆すべき存在”である。眠るということは、きっとコンピューターにデフラグ(最適化)をかけるようなものなのだろう。バラバラに存在する事柄が、そしてその隙間に存在する欲求や虚栄心、劣等感や傲慢さなどが、見事に剥ぎ取られ、或いは増幅し、自分でも納得出来る“一つの答え”に至っている。そうか!やっぱり“眠っている時間”も確かに人生の一部なのだ・・・。

  そして今、老境の域に近づき、“深い眠り”の持つ甘美な魅力を強く感じる。冒頭にも書いたように、最近は“深い眠り”を得られて初めて、“自らの再生”を実感するようになった。自分にぴたりとあった枕に頭をのせた瞬間に、“眠りにつく”などという生易しい表現では足りないほど、まるで気絶するように“眠り”をむさぼる。あたかもガス欠になった車に、燃料が勢いよく注ぎ込まれるように、生命力が体内に充満してくる。これほど甘美な快感は人生においてなかなか想いつかないほどである。

  アメリカの歴代大統領人気No1であるジョン・F・ケネディは、1日を最大限に使うことをとことん考えた結果、毎日必ず昼寝をしたのだそうだ。昼寝をはさんで、午前・午後では、スーツも着替え、全く違う1日として過ごす。
こうして、1日はあたかも2日間としての意味を持つようになる訳である。

文 国影 譲

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