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イデアなひととき
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命の息吹に乾杯を!

 

  まだまだ風の中に冷たさは残っているけれど、“命あるもの”すべてが、生き生きとした輝きを増す季節になった。長い冬をじっと耐えた“植物たち”も“動物たち”も全くその装いを変え、“柔らかさ”や“暖かみ”、そして“鮮やかさ”を身にまとい、我々に呼びかけてくるようである。
もはや、自分の身の周りの、閉ざされた空間の中だけで、想像の世界に遊ぶのでは、到底満足出来そうもない。彼らの“命の息吹”を直接この身に感じてみたいと思った時、ふと、「書を捨てて、街へ出よう!」という故寺山修二の言葉が、脳裏をよぎった。

  京都には、まだ“掛け値なし”の本当の自然が残っている。銀閣寺の参道あたりから、ふらっと「哲学の道」に踏み込むと、そこにはもう息苦しいほどの“木々の香り”が満ちていた。桜は散ってしまったけれど、“琵琶湖疎水”を覆い隠すように伸びた草たちは、まるで自分自身が光を放っているかのように、“透明な緑”を湛えている。疎水では、この春、孵ったばかりだろうと思われる“稚魚たち”が、人の歩みより、はるかに素早く泳ぎ回っていた。
“命あるもの”だけが持つ“はかなさ”と“ふてぶてしさ”、そして限りなく続く“命の連環”は、まさに目を見張るばかりであった。そして、刻々と変化していく“命の息吹”に、自分もまた、“生きているのだな!”という実感を覚えたのである!

  さて、“命の芽生え”、“命の息吹”と言えば、この季節は、多くの動物たちにとっても、大切な子育ての時期なのだろう。最近のペットブームも相まって、テレビや写真集には、動物たちの様子が数多く登場している。人間の営みに勝るとも劣らない親子の愛情など、実に驚かされるばかりだ。ただ、本当に彼らの“命の息吹”を感じたいと思えば、物言わぬ“彼ら”の表情や動きから、“何を欲しているか?”や“何を嫌がっているのか?”などを的確に想像してやらなければならない。“犬や猫”といった、比較的昔から人間と共存してきた動物でさえも、“小さいから可愛い!”ということだけになってしまいがちだ。“自分”と“そこにいる命”は、ともに“かけがえの無いもの!”であることに気づく必要があるのではないか!!

文 国影 譲

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