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イデアなひととき
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食にまつわるエトセトラ

 

  「食」は“最高のエンターテインメント!”である。“美味しい!”という事が“人”にもたらす“幸福感”は何物にも替え難い。古代中国にも「衣食足って礼節を知る!」という言葉があるように、「新鮮な食材」や「美味しい食事」でお腹を満たせば、“人”は無益な“争い”すら避けることが出来るのだ!

  ここ数年、「料理」は“知的ゲーム”だという認識が広がっている。「男子厨房に入るべからず!」どころか、“料理教室”の生徒の半数以上が男性だったりするのを見ても、「料理」は既に女性だけのものではない。“食べる楽しみ”だけではなく、“作って食べさせて喜ばせる!”という“底”の深い文化になろうとしている。江戸の“名刀鍛冶”だった「関の孫六」は、台所で燦然と輝く「包丁」作りの名前として再び脚光を浴びていたり、鍋ひとつを取ってみても、無水調理が出来るものや圧力鍋など、見て回るだけでも楽しくなる。「弘法」も“筆”を選ぶ時代なのだろうと思う。

  古代から伝わる「京野菜」や低農薬の「魚沼産こしひかり」、保存料を一切使っていない「梅干し」や手作りの「ハム・ソーセージ」等々、食材もようやく大量生産・大量販売による「安さ」至上主義の時代から、健康にも留意した「本物志向」の時代へと変化してきている。BSE問題や鳥インフルエンザは、確かに大変な問題だが、賢明な消費者には、充分それを避けて、しかもなお“美味しい食事”を作る“知恵”と“選択肢”がある時代と言えよう。

  また、“外食”の世界にも大きな変化が訪れようとしている。利便性だけで勝負出来る時代は過去のものとなった。24時間開店していることが集客に繋がるなど、幻想だったことにやっと店側も気付きつつある。「料理の鉄人」や「パティシエ」が、現代のヒーローとなり、「良い素材」を「最高の味」で提供してくれる店には予約が取れないほどの“お客様”が押し寄せている。日本人が、イタリア人の享楽主義だと言ってどこか敬遠していた「カンターレ(唄え!)、マンジャーレ(美味しく食べよ!)、アモーレ(そして愛せ!)」が、今、ようやく“自らの事”として感じられるところまできたのだろう。そして、“外食”は究極のサービス業であり、「食」とは「素材」、「味付け」、「調理法」、「食器」、「給仕の姿勢」、「雰囲気作り」のトータル芸術であることに気付く“一流店”が増えていることが嬉しい。

文 国影 譲

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