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イデアなひととき
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ものづくり日本の心!(上)

  同じ“ものをつくる!”という行為であっても、“芸術”の場合はどのようにして“自己を表現”するかが重要だが、“ものづくり”の場合は“それを使う人”を思いやり、どうすれば使いやすいのか、或いはどのような“もの”が必要とされているのかなど、相手の身に寄り添って考え尽くす“心”が“鍵”となる。この“使う人”の立場に立って考える姿勢こそ、世界から尊敬を集める「日本の製造業」の神髄であり、それが生み出す“品質の高さ”に直結しているのだ。

  もう数十年も前の話になるが、アメリカで一二を争う缶詰メーカーの社長が日本の“或る中小企業(町工場である!)”をお忍びで訪問したことがあった。この町工場では、社員たちが数多くの“特許技術”を生み出し、日本国内よりも実は海外での方が有名だったのである。その中の一つに、缶切りで缶詰を開けた後でも、蓋も缶も“絶対に手が切れない!”状態になるという“特許”があった。この缶詰メーカーの社長は「どうか、年間1500件にもなる訴訟から私を救って欲しい!」と訴えたらしい。アメリカでは、1960年代初頭には、他の国々に先駆けて「製造物責任」が判例によって確立した。EC諸国では1985年に、また日本においてはようやく1995年になって「製造物責任法」が施行されたのだから、如何にアメリカが早くから消費者保護に取り組んでいたかがうかがわれる。が何にせよ、缶詰メーカーの社長に対して、1年間に1500件もの「製造物責任訴訟」が起こされるというのも尋常ではない。缶詰自体の製造技術は驚くほど進んだのに、“消費者”が缶詰を開ける時、或いは開けた後に“手を切る”というリスクを、それまでアメリカの缶詰メーカーの誰も“自分の事!”として考えたことが無かったのだろう。そして、この難問解決の為に、缶詰に関する“特許”を調べ尽くした結果、遠いアジアの国“日本”に辿り着いたという訳である。この缶詰メーカーは無事に“特許”の使用権許諾を受け、この手の「製造物責任訴訟」は激減していったという。

twoonelife49_2  “ものづくり”は、ともすると“もの”自体にこだわるイメージが強いかも知れない。例えば手先の器用な職人が、経験と勘によって素晴らしいものを作り上げるという“人間国宝的な逸品”を思い描かれる方も多いだろう。しかし日本の“ものづくり”の原点は、“思い”を“ものの形”にするということが特徴であり、大量生産の工業製品にも充分にこの思想が活かされている。読者の皆様もよくご存知のとおり、欧米にも“クラフトマンシップ”という“作り手”の思想がある。この思想はよく“職人気質”であるとか、“職人魂”などと表現され、頑固一徹な“手仕事”をイメージさせるのだが、それであるが故に「産業革命」によって、“家内制手工業”から“機械工業化”への時代変化に伴って、革製品やガラス製品、時計など一部の“高級ブランド品”を除き、この“クラフトマンシップ”という思想は、失われていったとされているのである。

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文 国影 譲

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