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一期一会のある暮らし
散歩に出るあなたへ!
(上)

  「坪内逍遥(しょうよう)」と言えば、評論「小説神髄」や小説「当世書生気質(とうせいしょせいかたぎ)」を発表して、日本に西洋の“近代小説観!”を広めた作家であり、40巻からなる「シェークスピア全翻訳」でも有名である。大隈講堂を背にして早稲田大学の正門からキャンパスに入ると、左側に図書館、正面に大隈重信公の銅像、そして中ほどを右に折れれば正面に「早稲田大学演劇博物館」通称「逍遥館」が見える。ここは社会人でも学生でも、誰でも自由に入館でき、気軽に、我が国の演劇や歌舞伎の歴史に触れる事が出来る場所だ。「逍遥館」は、その名の主である「坪内逍遥」博士の、シェークスピア全訳の偉業と日本演劇界への多大な貢献を記念して建てられたのだが、この「逍遥」というペンネーム(言葉)の意味・由来こそ、
ズバリ“散歩”なのである。

  また、アレキサンダー大王の家庭教師だったことでも有名な古代ギリシャの哲学者「アリストテレス」は、師匠である「プラトン」が主宰する学園“アカデメイア”で20年間も学生生活を送ったのだが、いよいよ自らがアテネの郊外に“リュケイオン”という学園を作るにあたり、屋根付きの回廊(ぺリパトイ)を造った。どうやら彼は、教室ではなく弟子たちと共にこの回廊を歩き回りながら講義を行うことが最も自然で、しかも最も創造的な教え方だと信ずるに至ったらしい。こんなことから、彼が創設した哲学者のグループを「逍遥学派(ペリパトス派)」というのだが、これはズバリ“散歩する”、“散策する”人々という意味を表す言葉に他ならない。

  日本の哲学史上に、燦然とその名を残す「西田幾多郎(きたろう)」は、1870年に石川県かほく市に生まれた。1894年に東京帝国大学文科大学哲学科選科を卒業した後、1945年に急逝するまで、常に“仏教思想”と“西洋哲学”の融合を求め続け、ついに「西田哲学」と称せられる独自の哲学体系を作り上げた。そんな彼が1913年に京都大学の教授となった頃から、思索に耽る折、必ず“散歩した”と言われる小径が「哲学の道」である。京都市左京区にある銀閣寺から若王子神社前までの約2キロの道程は、ずっと琵琶湖疏水に沿って続いており、四季折々の風情がある。特に冬12月、夕方6時頃ともなれば既に辺りは暗く、道に敷き詰められた石畳も目に定かでない。あまりに疎水に近づき過ぎると転落の恐怖すら感じるのだが、ふと空を見上げると、やけにはっきりと、木々のシルエットが目に入る。どこからともなく漂ってくる夕食の味噌汁の香りが鼻腔をくすぐり、その空間のあまりの懐かしさに、自らの“原風景”と「西田幾多郎」の息遣いが渾然一体と
なって、まるでそこに彼が今でも存在しているかのように感じてしまうのだった。

  “散歩”は、いつも“無目的”、“無目標”で、しかも時間の感覚を失ってしまうような浮遊感に包まれるのが良いような気がする。