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一期一会のある暮らし
JAZZ★その世界!
(上)

  Jazzに魅せられたのは、高校生の時だったか。中学ではブラスバンド部に入り四六時中、音もろくに出ない壊れかけたトランペットを吹き鳴らしては、教師たちに嫌味を言われていたのに、それでも懲りずに高校では軽音楽部に所属していた。高校は男子校だったので、別に女性にもてることを目指してはいなかったが、何となくアウトローの香りがして部室は妙に居心地が良かった。先輩と言ってもせいぜい17歳や18歳なのだが、とても大人びて見え、話すことも“やっぱりハードバップは最高だな!特にクリフォード・ブラウンを聞くと、もっともっと練習してパツラ(トランペットのこと!)が上手くなりたいと思うよ!”などと一端の口を利く。こちらも下級生のくせに負けず嫌いだから、早晩、家にはJazzレコードが溢れることになる。その当時、スイング・ジャーナルに載る「油井正一」さんのジャズ評論が、僕等にとって最高の指南書であり、FMから流れてくる“油井さん”の解説をむさぼるように吸収していった。“油井さん”はいつでも決して押し付けがましくなく、淡々と事実を述べたあと、“Jazzの巨人たち!”のレコードを紹介してくれた。その磨きぬかれた宝石のような旋律は、まだ10代の柔らかな感性に沁み込み、とうとうJazzは、決して離れ得ぬ一生の友となったのである。

  Jazzの歴史は、1900年代のアメリカに始まる!というのが定説だが、アメリカに始めての黒人大統領が誕生したのを機に言わせて頂くならば、もう390年前に黒人たちがアフリカ大陸からアメリカ大陸に無理やり連れて来られた時から、その萌芽は存在していたのだと思う。ただ黒人霊歌やアフリカの魂とも言える“ブルース!”が、“ニューオリンズ”という、もともとはヨーロッパ列強の植民地であって、ようやく1803年にアメリカ合衆国に併合された特殊な地域で、ヨーロッパ音楽と出会うことによってJazzに昇華していったのは間違いないだろう。ニューオリンズ・ジャズ、デキシーランド・ジャズといった“アーリー・ジャズ!”は、悲しいはずの“お葬式”なのに、派手なブラスバンドがバリバリのメジャーコードで演奏する「どんちゃん騒ぎ」というイメージが強い。そして、バンジョーや“洗濯板!”、巨大なチューバといった、以後のJazzシーンにはあまり登場しない楽器に、黒人たちの“悲しさ!”を極限まで内側に閉じ込め、全てを笑い飛ばしてしまうような陽気さを感じるのだ。デキシーランド・ジャズは、白人プレーヤーたちにも大いなる影響を与え、そのプレイスタイルが確立されていくが、まだまだ現代まで続くJazzのルーツとしては、脆弱なものであったのではないか。

  そんなアーリー・ジャズを確実に一つの音楽ジャンルにまで発展させ、その後のJazzシーンを作り出していった“偉大なる男!”こそ、その大きな口と、愛嬌のあふれるスキャットで現代にもファンの多い“サッチモ!”こと「ルイ・アームストロング」であった!