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一期一会のある暮らし
演劇のツボ、映画のツボ!
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  僕らの世代にとっては、日本の演劇は“つかこうへい以前”と“つかこうへい以後”で大きく分けられる。「つかこうへい」こそ最高のカリスマであり、演劇界の巨星であると信じて疑わない。「劇団つかこうへい事務所」のメンバーだった、風間杜夫、平田満、三浦洋一、加藤健一、萩原流行、岡本麗、根岸季衣たちが、劇団解散後も日本の演劇界を牽引している事実が、如何にこの劇団が凄い集団だったのかを物語っている。印刷された“台本”を使わない「口立て(くちだて)」という“手法”、毎日ストップウォッチで上演時間を計り、少しでもそれが延びることを絶対に許さない強烈な姿勢(時間が延びるのは、役者がだらけて、楽しているせいだと口汚く罵る!)、上演期間中でもどしどし配役を変えて緊張感を継続する試み、どれを取ってみても“他に類を見ない!”演出手法だったと言える。

  「つかこうへい」自身は直木賞を受賞した劇作家であり脚本家であり、そして何より素晴らしい演出家なのだ。ストーリーなど、ものともしないで、その役者が“最高に輝く長セリフ”を吐かせ、観客は、“何の根拠も無いのに!”涙を流すこととなる。観客たちの“笑い”と“涙”をこれほど自由自在に操ることが出来る「つかこうへい」とは、間違いなく稀代の天才である。「つかこうへい」の代表作である「蒲田行進曲」、「熱海殺人事件」、「飛龍伝」、「幕末純情伝」、「二代目はクリスチャン」などは、高校生たちが学園祭で上演しても「やんやの喝采」になるらしい。如何に良く出来たストーリーかという証左であると同時に、最近ではそのストーリーのメインコンセプトすら全く改変してしまうとか、男女の配役を全く入れ替えてしまうなどという試みも行っている。それでも観客は大いに“泣き”、大いに“笑う”というから凄い!

  さて、「つかこうへい」が私にとっての“演劇の原点”だとすれば、その後、「都会的なセンス」に溢れた独自の世界を見せてくれたのは、「串田和義」率いる「オンシアター自由劇場」の面々だった。六本木の、小さなガラス屋さんのビル地下にあった「六本木自由劇場」は、まともに座ればせいぜい60名ほどしか入れない空間に、いつも150名を超える観客がひしめきあい、酸欠状態になりそうなくらいであった。

  吉田日出子や小日向文世、笹野高史、真名古敬二、大森博など本当に芸達者が揃っているせいもあるが、「オンシアター自由劇場」の代表作である「上海バンスキング」は、「斎藤憐」の珠玉の作品であり、私は未だにこれを超える“和製ミュージカル”に出会ったことが無い。そんな彼らも、座付きの演出家であり自らも役者である「串田和義」が渋谷の「東急文化村」にある「シアター・コクーン」の芸術総監督に就任したと同時に「六本木自由劇場」をたたみ、その「シアター・コクーン」をフランチャイズとすることになった。さて、そこからの活躍が素晴らしい!