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一期一会のある暮らし
細部にこそ神は宿る
(上)

  美味しいケーキには滅法うるさいパリっ子たちが、「他のどこにも無い菓子を作る男」という敬称を奉った菓子職人こそ、1991年に「菓子のオリンピック」とも称せられる「クープ・デュ・モント・ド・ラ・パティスリー」で優勝した男、「杉野英実」であった。彼の、正に1度見たら決して忘れられない風貌と鋭い眼光は、「孤高の職人」と呼ばれるに相応しいものであるが、また一方では“人を幸せにする菓子”を作る“超一流のパティシエ”という評価も、不動のものである。“一流”と“超一流”の違いを見せつける「杉野英実」の人生論とは、いったいどんなものなのだろうか?

  彼が自ら「どん底の修行時代」と言うのは、25歳で
渡った“菓子の本場”フランスでの経験である。もともと母親から“味”の英才教育を受けた杉野は19歳の時、日本のある一流ホテルに就職するが、愛する恋人から「それで、あなたには何が出来るの?」と聞かれて愕然とする。一流のホテルのレストランに就職したから“一流だ!”と言えるほどパティシエの世界は甘くは無い。恋人にそう聞かれて、彼は本当に恥ずかしかったと述懐している。

  一念発起して単身、菓子の本場フランスに乗り込むが、大した実務経験も無いアジアの小国から来た日本人を喜んで雇ってくれる“ケーキ店”など、そう簡単にあろう筈もない。フランスの片田舎「ストラスブール」の小さなホテルに勤めた時は既に彼は26歳になっていた。そんな或る日、休暇を憧れのパリで過ごす杉野は、フランスでも大評判のパティシエ、新進気鋭の天才と言われた「ルシアン・ペルティエ」の店に出くわす。自分でもそこのケーキを食べてみて、彼はその味の虜となってしまった。思わず店に飛び込み、是非この店で働かせて欲しいという杉野に対して、「ルシアン・ペルティエ」は、じっと杉野を見つめた後、一言だけこう言ったそうだ。「お前は、嫌いだ!」

  読者の皆さんなら、こう言われた時どうされるだろうか?「お前こそ何様のつもりだ!」と言って席を立つか、「言葉も無くその場を後にする。」か、「密かに殺人計画を立てる」か。「杉野英実」は、それから4年間、毎週「ルシアン・ペルティエ」に「貴方の店で働かせて欲しい!」という手紙を書き続けるのである。杉野は言う。「どうしても、あの濃厚な味の秘密を知りたかった。」その素直な気持ちの前には、自分のプライドなど全く意に介さない“極限の強さ”があった。そしてようやく4年後、彼はペルティエに許されて彼の店で働く事になるのだが、そこで彼が見たものは・・・!