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一期一会のある暮らし
器に込められた魂
(上)

ichigo09-01  はるか悠久の昔、我々の祖先は“木をくり抜き”或いは“粘土で形作ったものを焼成”して、生活雑器をこしらえた。もちろん、飲料水や酒を居住空間の中で保存することや、食べ物を個別に分ける必要性から、“器”というものを作り出したのだろう。そして、その瞬間から、“器”はその時代を生きる人々の“魂”と文化的・技術的な“生活背景”を色濃く映し出すものとなっていった。

  古墳や貝塚から数多くの土器が出土されるのは、つまり“器”というものが、古来より、人間の生活とは切っても切れない“必需品”であったことを表している。ましてや“縄文式土器”のように表面に縄で装飾を施すなど、生活雑器という枠を越えて、芸術的思考の発露とも成り得る対象だったのではないかと思われる。だからこそ死者を埋葬する時でも、死後の生活に困らないようにと、たくさんの土器を一緒に埋めたのだろう。

  もし、屋内に水瓶があれば、水源から離れたところに居住空間を作ることも可能だし、また船に水瓶を積めば遠洋航海も可能になり、我々の祖先の行動範囲は飛躍的に広がったに違いない。「火の使用」は、“人類”と“他の生物”を決定的に分ける“技術的進化”だが、これが“粘土で形作ったものを焼成する”という方向で更に進化したことが驚異的である。そして、その焼成温度を知ることにより、薪にくべたのか窯で焼いたのか、“平窯”なのか“登り窯”などが手に取るように解り、“生活背景”を正確に分析することが出来るのだ。

ichigo09-02  土器とともに、既に縄文時代には存在していたというのが“漆器”である。それも、生活雑器だけでなく宗教用具など広範囲に利用されていたらしい。今でこそ海外でも「ジャパン」と言えば“漆器”のことを指すほど、日本独自の技術のようであるが、もともとは中国で始まり、東南アジア各国でもその技術は伝承されている。日本で本格的に発展したと言われるのは1500年前で、まだ古墳時代の様相を色濃く残す頃だったようだ。その広がりも、天皇家から一般家庭まで確認されており、日本人の生活に大きな影響を与えていたことは間違いない。その当時は「漆」のことを、「潤夜」とか「潤美」という字で表していたという。何と優美な表現ではないか!今でも“漆黒の闇”などという言葉があるくらいで、その艶やかで深みがあり、しかも透明感すら感じる“漆器”の質感は、日本人が最も好む“器”の代表とも言えよう。