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一期一会のある暮らし
現世享楽を考える!
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ichigo05-01  “現世享楽”とは、今まさに生きている“この人生”を、心ゆくまで楽しむという意味である。ところが、いつの頃からか(たぶん高度成長経済を目指す過程で)我々「日本人」の中に、「人生を楽しむこと」即ち「罪悪!」のような感覚が蔓延してしまった。眉間にしわを寄せて、有給休暇をいかに消化していないかを自慢しあう人々など、その典型である。しかし、少し待って頂きたい。歴史をさかのぼれば、「日本人」はもともと“人生を楽しむ”達人だったことが直ぐにわかるはずだ。今回は、そんな“現世享楽”について考えてみたい。

  平成16年5月、歌舞伎の世界では数十年ぶりの“超大型襲名披露”が行われようとしている。そう!! NHKの大河ドラマ「宮本武蔵」で主人公“武蔵”を演じた「市川新之助」が、彼の父である「市川團十郎」の若き日の芸名であり、「市川家」の大事な名前でもある第11代目「市川海老蔵」を引き継ぐのだ。

  「出雲阿国(いずものおくに)」が、京都鴨川の河原の粗末な芝居小屋で創始したというこの「歌舞伎という享楽」が、400年以上の時を経て、なお超一流のエンターテインメントとして、多くの人々に支持されているのは何故なのだろうか。実は、ここにこそ、我々にとって“現世享楽”がどれほど“重要なこと”なのかが見て取れると思う。

ichigo05-02  江戸には、“1日で1000両”以上の金が動く場所が3つあった。それは、「築地魚河岸」、「吉原遊郭」、「江戸三座(歌舞伎小屋)」である。3両あれば、家族4人が、悠々と1年暮らせる時代の“1000両!”と言えば、おそらく現在価値の10億円は下るまい。それが1日だけではなく、365日ずっと続く訳だから、江戸の経済がこの3箇所を中心に動いていたのは、想像に難くない。「歌舞伎小屋」に人が集まれば、行き帰りの船やかごも必要になっただろう。弁当も売れただろうし、小料理屋や土産物屋も繁盛したに違いない。数ヶ月も働きづくめに働いて、でもこの日のために!と着物を新調して歌舞伎小屋に集まった人々の熱気で、小屋の中は興奮状態であったろう。もちろん江戸時代には電気は無いわけで、芝居は朝、日の出とともに始まったと記録にある。

  “食べること!”と“遊ぶこと!”は、江戸の一般庶民にとっては、“働き、稼ぐこと!”と全く同次元の“とっても重要なこと!!”だったのだ。彼らこそ、現代の我々よりも“人生のバランス”という意味での“現世享楽”の大切さを正確に認識していたと思われる。