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一期一会のある暮らし
「着物」、ちょっと魅力的だね!

 令和2年(2020年)6月28日、東京千駄ヶ谷にある「将棋会館」は、朝早くから詰めかけた報道陣でごった返していた。第91期棋聖戦5番勝負の第2局が今、まさに始まろうとしている。「渡辺明」棋聖に挑戦しているのは、若き天才「藤井聡太」七段。第1局目の快勝を受けて、藤井ファンの期待は大きく膨らんでいた。そして、この日の注目点はもう一つ。この伝統の一戦に「藤井」七段が“着物姿”を見せてくれるか?だった。午前8時45分、師匠である「杉本昌隆」八段から贈られたという和服に身を包んだ「藤井聡太」七段が入場した。紺色の襦袢(じゅばん)に紺色の着物、更に黒の絽(ろ、暑い時に着る透けた生地)の羽織に、仙台平(せんだいひら、最高級の絹織物)の袴といういで立ちに現地は勿論、テレビの解説陣からも「ほ~っ!」という声が上がった。伝統文化の一つ“将棋”だからと言うのではなく、「着物、結構魅力的だね!」だったようだ。
 京福電鉄、別名「嵐電(らんでん)」は、京都の四条大宮や北野白梅町と嵐山を結ぶ観光客には人気の路線だが、地元京都に暮らす人々にとっても絶対に欠かせない“生活路線”である。それを最も強く感じるのは“普段着使い”の着物姿の女性が数多く「嵐電」に乗って来る情景を見た時だ。京都人にとって“着物”はまさしく日常的に“着る物”であり決して“ハレ”を飾るだけのものではない。ただ、昔から「京の着倒れ、大阪の食い倒れ」と言われるのは、室町から江戸、明治、大正を経て昭和の終盤まで“着物”が人々の日常生活と切っても切れない関係にあった時、京都がその生産地として、絶大な力を持っていたからだろう。“織り”の“着物”の最高峰と言えば、“京都西陣”で生み出された“西陣織り”だし、“染め”の“着物”の最高峰も、やはり“京友禅染”と“京鹿子絞り染”と言われており、そのあまりにも高度な技と仕上がりの美しさに、京都の人々が身代(しんだい、自己財産)を傾けるほど、“着物”にお金を掛けてしまう気持ちもまんざら理解出来ないことでは無い。京都に暮らす人々にとっては、“普段使いのもの”から“最高級の美術品”まで、“着物”を身に着ける機会は多く、人生のさまざまな場面での、自己表現の手段としても比類が無かったのだろう。

 さて、私自身が実際にこの目で“最高級の美術品”と言えるほどの“着物”を初めて見たのは、河口湖畔にある「久保田一竹美術館」に行った時の事だった。「久保田一竹」氏は大正6年(1917年)に東京で生まれ、14歳で京都の“友禅染職人”の道を歩み始め、20歳の時、室町時代に栄えた“染色技法”で染めた“辻が花”に出会ったという。実はその当時には既に“辻が花”に関わる技術は廃れており、どのような工程を経て完成するのかも定かでなかったらしい。僅かに残る古代布を頼りに、「久保田一竹」氏の苦闘が始まった。“辻が花”はどうやら“草木染め(植物による染色)”の“絞り染め”が特徴だったらしいが、その実体は謎に包まれていた。60歳を迎えた「久保田」氏は、“草木染め”を“友禅染め”の顔料を使う事により、ついに独自の“一竹辻が花”の技法を確立した。一枚一億円以上の価値という作品を生涯で80枚製作し、40枚が展示されている。

文 国影 譲

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