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一期一会のある暮らし
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 我々日本人が、“秋”という季節をはっきりと意識する瞬間がある。もちろん、朝晩の冷え込みを感じた時とか、刷毛でさっと掃いたような“秋の雲”を見た時もそうだろうが、何と言っても夏の“蝉しぐれ”が、秋の“虫達の合唱”に変わった時が一番なのではないか。“アブラゼミ”の“ジー”という暑苦しい鳴き声から始まって、“ミンミンゼミ”、“ヒグラシ”と続き、秋の足音が聞こえそうな頃になると“ツクツクボウシ”の“オーシー・ツクツク”の声が辺りに鳴り響く。そうこうしているうちに蝉たちの声がぱったり止むと、今度は草の茂みの奥深くで“松虫”、“鈴虫”、“コオロギ”、“邯鄲”、“くつわ虫”、“ウマオイ”など、秋を代表する虫たちが“季節を告げる”。とまあ日本人ならばここまでの話は、容易に共感して頂けると思うのだが、どうやら海外ではそうは行かないようなのだ。

 1987年1月、東京医科歯科大学の「角田忠信」教授はキューバの首都ハバナで行われた“中枢神経”に関する国際学会に、西側諸国唯一の出席者として参加されていたという。開会式の前夜に開かれた“歓迎宴”では、キューバ人の男性が何やらスペイン語で熱弁を振るっていたらしいが、教授の耳には一向にそれが入って来ない。と言うのも、会場を覆いつくすような激しい“虫の音(ね)”に気を取られていたからだ。まるで日本の“蝉しぐれ”のようだと思い、隣にいた現地の人に「あれは何という虫ですか?」と尋ねると、彼は“きょとん”として「何のこと?」と言う。どうやら彼の耳には、この降るほどの“虫の声”が全く聞こえていないかのようだった。“歓迎宴”が終わり、現地の人達と一緒に帰る道でも先程の“虫の声”が響いていたが、やはり彼らにはそれが聞こえていないらしい。事ここに至り、「角田」教授は日本人である自分には聞こえる“虫の声”が、外国人である彼らには“聞こえていない!”という現実に突き当たったのである。

 そしてこの事実を元に“論文”を発表し、世界的にも大きな話題となった。論文の要旨は「日本人とポリネシア人には聞こえる“虫の声”が、他の外国人には認識出来ない!」という事だった。更に実験を交えて調査した結果、日本人は“虫の音”を言語脳(左脳)で聴き、外国人は音楽脳(右脳)で聴いている事が判ったという。つまり日本人は“虫の音”を“虫の声”として言語の一種のように認識し、外国人は機械音や雑音の一種として脳内から排除していたという訳だ。では何故そんな違いが生まれたのだろうか。

 ここに“日本的感性”の特長が見て取れる。まず第一に、日本語は“母音”の強い言語であり、日本人は“母音”と“子音”を同時に言語脳で認識するが、外国人は“母音”を音楽脳で雑音として排除してから、“子音”を言語脳で認識するのだという。第二に、日本語には「オノマトペ(フランス語、擬音語・擬声語・擬態語の総称)」が大変多いこと。“ワンワン”、“チンチロリン”、“チョキチョキ”、中には静かな事を“シ~ン”などと表現する。これが外国人にはなかなか理解出来ないらしい。最後に古代から脈々と続く日本人の自然観(“生きとし生けるものすべて”や“神羅万象”に「魂」が宿る!)に依るところが大きく、その感性の独自性に繋がっているのだという。


文 国影 譲

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