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一期一会のある暮らし
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  第二次世界大戦で、連合国軍最大の軍事行動だった「ノルマンディー上陸」を題材にした映画「史上最大の作戦」の中に、極めて印象的な場面があった。

  後に、第34代アメリカ大統領となった「アイゼンハワー連合軍最高司令官」が、1944年6月5日に“連合軍最高幹部会議”を招集した時の話である。

  実は当初「ノルマンディー上陸作戦」は6月1日に予定されていたらしい。ところが現地は悪天候が続いており、制空権を手に入れた連合軍のメリットが生かせないということで伸び伸びになっていた。北アフリカ戦線での大活躍で“砂漠の狐”とも称されたドイツ軍「ロンメル元帥」も、連合軍の上陸無しと見て長期休暇を取ってドイツに帰国していた。このような状況の中、イギリス空軍気象部の「スタッグ大佐」は各気象情報の分析から、天候が回復する可能性が高いという情報を「アイゼンハワー」に上奏した。彼を除く会議の出席者が全員反対する中、窓を叩きつけるように降る雨を見上げながら「アイゼンハワー」は、「明日6月6日未明をもって、ノルマンディー上陸作戦(正式名称オーバーロード作戦)を開始せよ!」と命令した。「天気」は劇的に回復し、この“作戦”の成功で欧州戦線の戦況は大きく連合国側の優勢に傾いていった。

  「天気」は我々の生活に大きな影響を与える。単に、出掛ける時の“傘”の有無を心配するだけではない。農業に、漁業に、或は航空機や船舶の運航に、又、ロケットの打ち上げから、自然災害に対する備えやレジャーの計画まで、「天気」一つで我々の行動自体が全く変ってしまうと言っても過言ではない。だからこそ我々人類は、紀元前から「天気予報」というものに取り組んで来たのだと言われている。もちろん古代においては現代のような科学的分析による予報ではなく雲の種類やパターンからの予測だったり、“夕焼け”なら翌日は“晴れ”など「経験則」に基づくものだった。近代的な「天気予報」と言えるものは、1854年に世界に先駆けて英国で、「イギリス気象庁」が設立されて初めて行われるようになった。我が国の「天気予報」の歴史はイギリスに遅れる事30年、1884年6月1日に、現在の「気象庁」の前身である「東京気象台」から日本で初めての「天気予報」が発表されたことに始まる。その後、太平洋戦争開戦により“国家機密”である「天気予報」は中断されたが、終戦の2日後の1945年8月17日には、ラジオ放送で無事に復活を果たしたのだった。

  このように古代から考えると数千年の歴史を持つ「天気予報」なのに、私達はなぜ「天気予報」は外れることが多いと感じてしまうのか。それはこの現代ですら“予報的中率”が8割前後に留まっているからだろう。そしてそれには理由がある。近年、ゲリラ豪雨や猛暑など「過去の観測記録」では予想し得ない気象変化が多発しており、これに対応するため、気象衛星や観測施設からの膨大な“情報”がスーパーコンピュータで解析され“数値予報”が出されるのだが、「天気予報」自体が“大気の変動”の予測であり、究極的には“長期予測不可能”とされている“流体の運動の予測”そのものだからである。