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一期一会のある暮らし
宇宙が語り掛ける夕べに
(上)

ichigo52_01  “人類の叡智”という言葉どおり、我々人類は約700万年もの時間を掛けて現在のように、さまざまな“知恵”や“知識”や“経験”
を身に着けて来た。しかし、残念なことに「宇宙」に対してだけは、そんな“人知の世界”を遥かに超えた“偉大なる存在”だと感じていたようである。なぜなら極端な言い方をすればこれまで、我々は「宇宙」自体のことをほとんど何も知らなかったからだ。例えば「宇宙」はいったい“何”で出来ているのか?そして、いつ生まれいつ終わろうとしているのか?全ては「ビッグバン」から始まったと聞かされても、“何”がその引き金を引いたのかなど想像もつかないし、なぜ今ここにこうして我々が存在しているのかさえ、教科書の中の“物語”でしかない。ただ、我々が本能的に「宇宙」に強く惹かれるのは、その“永遠性”に対する“畏敬の念”と、その“壮大さ”に対する“憧れ”故なのではないだろうか。

  古代の人々が、「宇宙」に対してどのような“思い”を抱いていたかについては、なかなかはっきりと知る術がない。しかし、“四大文明”がこの地球上に現れた紀元前4000年前よりも、はるかに古い1万6500年ほど前に書かれたと言われる「ラスコーの壁画」には、既に“プレアデス星団(和名:すばる)”や“夏の大三角”と言われる明るい星々“ベガ”、“デネブ”、“アルタイル”が描かれており、太古の人々が“星”というものを意識し、更に「宇宙」の存在にも“思い”を馳せていたことを窺わせる。そして“四大文明”が生まれた頃には、祭事や農耕、測量や灌漑治水に欠かせない“実践的知識”としての“天文学”が発達し、ますます「宇宙」に対する研究が進んでいったものと思われる。それを証明するようにエジプトには、現在でも未だ建築方法が完全には解明されていないような古代の“巨大建造物”が数多く存在している。エジプト文明を象徴する、ギザの三大ピラミッドはそれぞれ、“クフ王”、“カフラー王”、“メンカウラー王”の墳墓であるとされているが、その四辺は実に正確に“東西南北”に面しており、それは“天測”という「宇宙」の星々の位置の解析による“測量術”無しには決して実現することは出来ないと言われている。更にその精度は、現代最先端の“測量術”をも凌ぐものであり、当時の「宇宙」に対する研究の“奥深さ”と“測量技術力”の優秀さを物語っている。ichigo52_02

  我々日本人と「宇宙」の関わりも、なかなか興味深い。おそらくその始まりは、“文字”や“記録媒体”が存在しない頃からだと思われるが、実際に記録として残っているのは、西暦712年に編纂された“古事記”
と720年に編纂された“日本書紀”からであり、そのいずれにも「宇宙」の“起源”や“変化”、“神秘”に関する記述が認められる。西暦600年代には中国から“暦法”が伝えられ、日本でも“暦法”が行われるようになったことにより“古事記”や“日本書紀”の中でも、
“ほうき星(彗星)”や“超新星“の出現、“日食”や“月食”といった空の異変が起きた年代までが特定出来るようになったのである。